架空の王国を舞台としたファンタジー小説。
1巻完結の、重厚で甘くないストーリー。
葛藤しながらも無私の自己犠牲を貫く主人公二人の生き様に、心打たれる。
親の仇ながら手を結んだ、二人の王の緊張感あふれる関係が見どころ。
あらすじ(半分ネタバレ注意)
舞台は架空の島国。なんとなく日本を連想させる。
建国の王家は、代が下ったある時、双子が反目しあい分裂して二つの王家となる。
以後、黄金のすすきの紋の王家と、白銀の雷鳥の紋の王家が王位を巡って相争い、黄金が王位を取ったり白銀が王位を取ったりを繰り返し、国家としては疲弊していく。
そんな中、黄金の王は、海のかなたの強国が新技術を携えて大軍で侵攻してくる兆しを捉える。
このまま両家の内乱に没頭していたら、国そのものが外国に滅ぼされてしまう。
黄金の王は、白銀の王と手を結んで両部族の長年にわたる抗争を終結させ、黄金も白銀もない国を築こうと志す。
この物語の主人公は、黄金の王と白銀の王の二人である。
宿敵である白銀の王に対して、
殺せ。殺したい。殺すべきではない。殺したくない。
思いを抱えた黄金の王は、白銀の王にどのように向き合っていくのか。
白銀の王は、黄金の王と志を共有し、自分の一族よりも国全体の安寧のために身を捧げる決意をする。そのため、黄金の一族からは憎悪と軽蔑を受け、身内の白銀の一族にも理解されないといういばらの道を歩むこととなる。
そのために払う犠牲は、限りなく大きい。弱さやわずかな判断ミスが、じかに命にかかわる。
この国の指導者が拠って立つ思想は、「みちびく者」の学問、という意味の「迪学(じゃくがく)」だ。
「中心となるのは、心構え」だが、哲学や宗教ではなく「あくまで実学」で、心技体全方面に及ぶ。
どういう考え方をし、判断の基準をどこにもち、どのような行動をとるべきかということだ。
二人の王は、あくまでこの「迪学」に従い、王として
国を統べ、守り、育むこと
を人生の唯一絶対の目的とし、無私の生き方を貫こうとする。
感想
自己中心の対極にある美しい生き方
主人公を一人に絞ると、白銀の王の方になるだろう。
限りなく心持ちが純粋で、潔く、国のために身命を賭す。保身ということが一切ない。
大義のために生きながらも、肩ひじ張ったところがなく、のびやかだ。
心身ともに強く勇敢で、敵をも魅了するカリスマ性を持つ。
おまけに美貌の持ち主ときた。
国民のためにまっすぐな生き方を貫き、艱難辛苦に文句一つ言わず耐え忍ぶ主人公は、あまりにも美しい。
その無私の生き方に、読者の心は奪われ、犠牲が哀れを誘う。
現実が否定した美しさに感動するのは、物語を読む醍醐味
残念ながら、この王たちのような人間は、現実には存在しない。
王としてのあるべき姿が人間の本質とはあまりにも相容れないために、王政はうまくいかず、否定されたのだろう。
「権力は堕落する」という格言は、歴史で証明されている。
また、「国家の利益のためには、必要な人的犠牲がある」という考え方は、民主主義国家では、表向き否定されている。
さらに、王たちと異なる価値観で行動する登場人物たちは、短慮で一族や私利私欲を最優先する、魅力のない価値観の持ち主として描かれているため、大義と大義のぶつかり合いにはなりえない。
はっきりと王たちの側に感情移入できるように作られている。
現実はそんな単純じゃないと言うのは野暮だと思わせるような、美しく力のある物語である。
物語は自由だ。
ありえないからこその美しさというものが存在し、それに感動する体験は快い。
価値観の違う者を切り捨てる必要悪も、家族の犠牲も、現実では看過できない大問題だが、物語の世界では感動のスパイスとなる。
生き方の価値観を問う物語
物語の序盤で、育ての親である迪学(じゃくがく)の師が白銀の王に、
「あなたは誰か」
「あなたのなすべきことは」
「してはならぬことは」
と問う。
物語全体を、黄金の王と白銀の王の生き方を、この答えの価値観が貫く。
「してはならぬことは」の答えは、
私利にとらわれること。小事に目を奪われて大事をおろそかにすること。困難を理由に義務を怠ること。
である。
この3つの問いに対して揺れない答えがある人は、確信をもって人生を歩むことができるだろう。
人の根本的な価値観を問うものなので、答えが違えば、生き方も異なってくる。
読者は、自分の生き方を顧みさせられることになる。
その上、為政者が主人公なので、否が応でも現実の為政者に思いをはせてしまう。
まとめ
せっかく現実逃避のためにファンタジー小説を読んだつもりだったのに、自分の生き方とか、この混迷の時代における政府の在り方とかに思いをはせてしまった。
重厚なストーリーを1冊で完結させたため、完成度の高い小説となっている。
終わらせ方が潔く、作者の沢村 凜さんの力量を見せつけられた。
Kindle Unlimited で読むことができた。