森博嗣原作、押井守監督の映画『スカイ・クロラ』感想 地味にキレッキレ!

『スカイ・クロラ』原作の大ファンである。

森博嗣の小説は、ほとんどどれもすごいおもしろいけど、中でも『スカイ・クロラ』シリーズはキレッキレのキレッキレだ。森博嗣自身も、自分の本質に最も近いというようなことを書いていた。

単行本の表紙も最高だ。

原作は1度読んだだけではわからないところがあったので、もう一度読み直した。だから、けっこう頭に残っていて、記憶にあるエピソードと照らし合わせながら映画を観た。

映画は、原作のアンニュイな雰囲気がよく出ている。

気だるい雰囲気の中に、時折激しい情念がほとばしる感じもよく出ている。

原作と雰囲気は同じだけど、重要な内容が異なっている。

原作は、余計な言葉がいっさい排された、ものすごく魅力的な小説だった。

映画では、原作ではほのめかされている重要な情報が何か所か、はっきりセリフにされている。たぶん、そうしないと何がなんだか、伝わりにくすぎるからだろう。

その割に、飛行中のパイロット同士の会話は英語で、字幕がついてるんだけど、それが意訳になっている。

最後の一番重要な、カンナミ・ユウイチのセリフで、すごいことを英語で言っているのに、直訳してないのには驚いた。気づかない人がいたら、どうするんだ!

原作者の森博嗣がこの映画を評して、切られた瞬間はそのことに気づかないほどのすばらしい切れ味、みたいなことを書いていたけど、ほんとまさにその通りだった。

エンドロールが流れる直前のシーンがすごくて、まさに、バッサリ切られて、これはすごいものを見てしまったと興奮した。

映画が原作の小説から改変してある場合、「ちがーーう!そうじゃないだろーーう!」と思うのが私の通常だが、この映画は違った。原作との違いが、この映画をすごいものにしている。

原作よりも良い、という意味ではない。原作とは別の作品として、完成している。観終わった時、満足を感じた。

アニメならではの、アニメでしかできない表現だった。

ただ、現在のコロナ禍の世界とはあまりにもマッチしない内容なので、今は受けないだろうと思う。

でも、好きな人はむちゃくちゃ好きなはずだ。私も、今でも好きだ。距離は感じるけど。

昔、こういう世界観がフィットする時代が私の中にもあった。世の中にもたぶんあったんじゃないか。そのことを懐かしく思う。

あらすじ(ネタバレなし)

カンナミ・ユウイチという戦闘機のパイロットが、基地に赴任してくる。彼は大人ではなく、青少年である。

ユウイチの前任者、クリタ・ジンロウは、撃墜されて戦死したわけではなく、退社したという。これは異例のことだ。

上司になるのは、クサナギ・スイトという女性で、彼女も大人ではない。

世界では、民間の軍事会社2社が請け負って、戦争をしている。

彼らは、そのうちの1社、ロストック社の社員なのだ。

年をとらず、いつまでたっても大人にならず、それゆえ寿命が尽きることもない。

戦闘機のパイロットは、みんなそういう「キルドレ」という人間なのだ。

戦闘機のパイロット以外の人間は、キルドレではなく、普通の人間である。

戦略を決め、出撃を命じる会社の上層部も、戦闘機の整備士たちも、大人である。

ところが、敵の会社、ラウテルン社には、大人の男のパイロットがいて、誰も彼に勝つことができないという。名前は「ティーチャー」。

クサナギは、ティーチャー機に空で出会うと、異常にムキになる。

その他の見どころ

戦闘機と空中戦の絵、音が見事。原作の小説を読んでも、戦闘機がどういう形状なのか、空中戦がいったいどうなってるのか、頭の中で映像にできなくて困ったので、映画化してくれてありがとう!と思った。

オルゴールの輝きと奏でられる音楽が異常に美しく、印象的。映像ならではの表現だった。

パイロットのキルドレたちと、その他の大人たちの対比、民間人の大人たちとの対比が鮮明に描かれている。

パイロットの、戦闘機に搭乗している時と、陸に降りている時のギャップの激しさ。陸では、子どもなのにタバコ吸って、酒飲んで、玄人のお姉さんたちと遊んで、なのに醸し出す独特の虚ろな雰囲気。

映画と小説、どちらもキレッキレで、内容が違うので、両方楽しんで、比較してみると更におもしろい。 

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