平野啓一郎の恋愛小説『マチネの終わりに』ネタバレあらすじと感想

『マチネの終わりに』イメージ画像

平野啓一郎の小説『マチネの終わりに』は、2019年の秋に映画が公開されます。主演は、福山雅治石田ゆり子です。

原作の主人公が同年代(アラフォー)なので、読んでみました。

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『マチネの終わりに』概要

恋愛小説です。

しかし、巻末に挙げられた主要参考文献を見ると、戦争、歴史、音楽など充実しており、また、ギタリスト、文学者、ジャーナリスト、NGOなど大勢の人に取材したということです。

ジャーナリストの故後藤健二氏にも取材したそうです。

そういった内容と思索が小説に反映されていて、厚みをもたらしています。

『マチネの終わりに』あらすじ(ネタバレ)

主人公の蒔野は、世界的に成功したギタリスト。

ヒロインの洋子は、フランスの通信社のジャーナリストで、クロアチア人の映画監督の父と日本人の母を持ちます。ジュネーブで育ち、オックスフォードとコロンビア大学院で学び、何か国語も操ることができるという人。

この二人は、最初に出会った日、最初から話が合い、感性に相通じるものがあり、互いに惹かれ合います。

国際遠距離恋愛となり、3回会っただけで、結婚を決めます。

しかし、4回目に会おうとした時、蒔野を信奉し慕うマネージャーの早苗が、それを密かに妨げます。そのため、ふたりは知らずして誤解によってすれ違い、妥協して、蒔野は早苗と、洋子は婚約者のアメリカ人経済学者と結婚します。

ふたりがすれ違った時、蒔野は音楽家としてスランプに陥っていたこと、洋子は戦場取材中にテロに巻き込まれたことが原因のPTSDで苦しんでいたことが、背景にありました。

時がたち、洋子は子供に恵まれたものの、夫との価値観の違いが大きい中、夫が価値観の合う女性に走ったため、離婚になります。

そして、蒔野がギタリストとして復活する時期に、早苗によって誤解が解けて、真相が明らかになります。

初めて出会った時から、5年半後。蒔野と洋子が4回目に出会った場面で、物語は終わります。

『マチネの終わりに』感想

恋愛と仕事とアイデンティティ

ふたりは、これから関係を深めよう、という時期に、自らのアイデンティティに深く食い込んでいる仕事で危機を迎えます。

文章がとても巧みなので、引用します。

 蒔野は、かつては当たり前のように満たされていた、あの創造的な生の充実が、今という時に、自分に完全に欠落していることの不遇を呪った。もしその音楽家としての幸福と、洋子の存在によって齎された幸福とが一致していたなら、今日という一日は、どれほど晴れやかな歓喜と共に過ごされたことであろうか?

 彼は自分が、決してその後者によってのみ生きられる人間ではないことを知っていた。

 音楽は、彼の生の根拠であり、彼が自分という人間に見出しうる、唯一の慰めだった。それは、他の何かによっては決して代替されぬものであり、埋め合わせの利かぬものだった。演奏家としての不甲斐なさに恥じ入る今のような状態のままでは、いずれ洋子との愛の生活さえ享受し得なくなることは目に見えていた。

(中略)結局のところ、これまでしてきたように、音楽家として自力で克服するより他はなかった。

平野啓一郎 『マチネの終わりに』

アラフォーで、アイデンティティと結びついた仕事をしている人は、恋愛さえうまくいっておれば、たとえ仕事が不調でも人生に満足できる、ということにはなりませんよね。

そんな仕事がない人間ですら、恋愛・結婚さえうまくいっていれば大満足、とは今の時代、なりにくいような。

恋愛の醜さと美しさ

この小説に描かれた、蒔野と洋子の恋愛は、美しく感じられるものとして描かれています。

しかし、私はむしろ、恋愛というものの醜さを思わされました。

嫉妬と、それによる行動を正当化する早苗には、恋愛の醜い側面が現れています。

さらに、蒔野と洋子にとっても、その好感がもし恋愛感情が入らない友情だったら、周りをマイナスに巻き込んだり、もつれたりすれ違ったりすることなく、穏やかに続いたかもしれません。

過去と未来

2回出てくる蒔野のセリフが印象的だったので、引用します。

「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」


平野啓一郎 『マチネの終わりに』

もう一つは、洋子の父、ソリッチの発言です。アンダーラインの部分は、傍点です。

「自由意志というのは、未来に対してはなくてはならない希望だ。自分には、何かができるはずだと、人間は信じる必要がある。そうだね?しかし洋子、だからこそ、過去に対しては悔恨となる。何かできたはずではなかったか、と。運命論の方が、慰めになることもある。」


平野啓一郎 『マチネの終わりに』

美しい過去を美しいままにして、つらい過去に対しては運命論で、未来には「自分には、何かができるはずだ」と信じて、希望を持って。

あと、天才的な才能を目の当たりにした、平凡な才能のギタリストの葛藤と結末が悲しかったです。

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