レールモントフの小説『現代の英雄』の詳しいあらすじと感想

YouTubeでボリショイ・バレエ『現代の英雄』を見たら、良かったのですが、話がよくわからなかったので、原作を読んでみることにしました。

『現代の英雄』概要

作者

ミハイル・レールモントフ(1814年~1841年)

モスクワ生まれ。

3歳の時、母が肺病で亡くなり、遺産相続を条件に父と離れ、裕福な貴族の祖母に育てられる。

1831年に父も亡くなる。

10代のころから詩の才能を現し、1840年に散文作品『現代の英雄』が刊行される。

軍人となるが、政府の偉い人を怒らせて、3度ぐらいカフカス転勤になる。

1841年、『現代の英雄』の舞台となった地で、決闘で亡くなる。

時代背景

19世紀前半、帝政ロシア時代の話です。作者と同時代です。

ロシアは南下政策を取っており、黒海とカスピ海の間に位置するカフカス(コーカサス)に進出していました。

南はペルシア帝国です。

主人公

主人公のペチョーリンペテルブルグ出身の軍人で、カフカスに赴任しています。

20代半ば、裕福な貴族、独身。

ペチョーリンは、少女ベーラ誘拐して、ベーラその父親の死の原因となり、元友人グルシニツキイを決闘で殺害し、恋人ヴェーラ(既婚婦人)を社会的に破滅させ、公爵令嬢メリーをたわむれに誘惑して捨てて苦しめ、愛馬チェスケスを酷使して死なせます。

最悪です。

悲劇的で、ロマンチックな悪人

『現代の英雄』というタイトルは、皮肉で、ペチョーリン的な題名です。

ひたすら胸糞悪い話なのかというと、これがそうでもなくて、意外とおもしろい小説です。

著者は、みずからが理解するままに、また、みずからおよび諸君にとって不幸なことに、あまりにもしばしば出会われた姿のままに現代人を描くことがただ愉快だったにすぎない。

ロシアでは有名だそうです。

日本でも岩波文庫から出ており、ロシア文学ということです。

もっとも、岩波では1981年に出版されたきりなので、日本では人気がないと思われます。

あらすじ

最初の語り手カフカスに赴いたところ、ペチョーリンの知人に出会って、ペチョーリンの逸話を聴くことになります。

そうするとペチョーリンがたまたま通りがかりでやってきて、語り手はその目でペチョーリンを目撃することになります。

知人は、自分はペチョーリンの友人だと思っていて、ペチョーリンと久しぶりに会って喜び、旧交を温めたく思うのですが、ペチョーリンの方では、ただの知人だと思っていて、彼をすげなくあしらい、実際は暇そうなのに、急いでいるからと言って行ってしまいます。知人は涙目になってしまいます。

ペチョーリンは、女性に対してのみならず、同性に対しても愛着をもたない人間のようです。

ペチョーリンと知人が要塞勤務だった頃、現地の有力者の娘の結婚式に招かれて出かけて、妹娘に心惹かれます。

ちなみに、現地はイスラム教文化圏です。

彼女の弟がろくでなしの悪ガキで、現地人カズビーチの馬欲しさのあまり、ペチョーリンと取引して、馬と引き換えに自分の姉を誘拐してペチョーリンに引き渡してしまいます。

少女ベーラを手元に置いたペチョーリンは、贈り物や甘い言葉でベーラの心を得ることに成功しますが、そうなるとペチョーリンベーラに飽きて、気持ちがさめてしまうのでした。

ベーラに気があったカズビーチは、愛馬を盗まれたのはベーラ父ベーラ弟ペチョーリンの共謀によるものと誤解し、ベーラ父を殺害してしまいます。

その後、要塞から外出してぶらぶらしていたベーラを刺して逃走します。

カズビーチはわざと即死するように刺さなかったので、ベーラは長く苦しんで、ペチョーリンとその知人に看取られて亡くなります。

ベーラの死の直後には、ペチョーリンは顔色一つ変えず、知人が慰めの言葉をかけると笑って知人をぞっとさせたものの、その後長く体調を崩してやつれたということです。

この話を聞いた後、語り手ペチョーリンの知人からペチョーリンの日誌を譲り受けます。

そして、ペチョーリンペルシアからの帰途で死亡したため、語り手ペチョーリンの日誌を公開することにした、と言って、ペチョーリンの日誌パートが始まります。

『現代の英雄』というタイトルを付けたのは、この語り手である、という設定です。

ペチョーリン自身の語りによる話の最初は、タマーニという土地の題名です。

タマーニは、海沿いの田舎町で、ペチョーリンが到着したところ、泊まるところがなくて、海辺の怪しい家に泊まることになります。

ここで一人の若い女性に出会い、心惹かれるのですが、ペチョーリンは彼女の名前すら教えてもらえません。

彼女の一味が密貿易にかかわっていることをつきとめたペチョーリンは、そのことを彼女に話すと、夜にボートで会いましょう、と彼女に言われて、会いに行きます。

そこで彼女に海に突き落とされそうになり、取っ組み合いになって、彼女を海に落とします。

密輸がばれたので、彼女は密輸団の首領と一緒に逃亡します。

ペチョーリンタマーニから退散したのでした。

第2部ペチョーリンの日誌の終章で、公爵令嬢メリーの話が始まります。

カフカス温泉地ピャチゴルスクに赴任したペチョーリンは、旧友グルシニツキイと再会します。

ペチョーリンは内心彼を馬鹿にしています。

また、以前の恋人ヴェーラに再会します。ヴェーラは息子のために年配の男性と2度目の再婚をしていますが、いまだにペチョーリンに夢中です。

公爵令嬢メリーが母と一緒に湯治に来ていて、男性たちに取り巻かれています。

グルシニツキイメリーにぞっこんです。

メリーはうぶな若い娘さんで、最初はペチョーリンが彼女たちとお近づきになろうとしないのにプライドを傷つけられますが、ペチョーリンが思わせぶりな態度をとると、彼にすっかりメロメロになってしまいます。

怒ったのはグルシニツキイで、他にもペチョーリンが怒らせた男性陣と結託して、ペチョーリンに決闘を申し込みます。

ペチョーリンの拳銃には弾を装填せず、パフォーマンスで終わらせるつもりが、ペチョーリンがそのたくらみを見抜きます。

ペチョーリンは崖の上で決闘を行うことを提案します。

グルシニツキイペチョーリンをまともに撃つ気になれず、外します。

ペチョーリングルシニツキイに、謝罪して中傷を取り消したら撃つのをやめると言いますが、グルシニツキイは拒み、ペチョーリンは彼をまともに撃ち、彼は崖から落ちて血だらけになって死亡します。

ちなみに、ペチョーリンが中傷と言っていることは、このような事実でした。

彼は、ヴェーラの部屋に夜招かれて忍んで行った後、メリーの部屋に向かったところ、待ち伏せていたグルシニツキイたちに捕まえられかけて、逃亡したのでした。

ヴェーラの夫には不倫がばれて、ヴェーラペチョーリンに別れの手紙を書いて町を去ります。

ペチョーリンヴェーラに会いに行こうと馬を走らせますが、馬は途中で過労死してしまい、馬を置いて、徒歩で自宅まで帰ります。

公爵令嬢メリーの母(45歳)からは、ペチョーリンメリーに求婚しないのを不思議に思われ、遠慮してると誤解までされます。

ペチョーリンメリーと二人きりで話をさせてください、と頼み、公爵夫人がそれはなりません、と言うと、じゃあ帰ります、と言って帰りかけます。

「そうおっしゃらずに」とか言って公爵夫人の機嫌を取ったりせず、じゃあ結構です、みたいに実際に帰ろうとするところがペチョーリン的です。

社交辞令が通じず、結局メリーと二人きりで会わせてもらい、メリーのことは好きでもなんでもありません、といってメリーを振ります。

ペチョーリンは転属になり、その地を去ります。

去り際に、友人で決闘の立会人をしてくれた医師が会いに来ますが、ペチョーリンがそっけないので、熱い抱擁などはなく、そのまま別れます。

最後の章は、「運命論者」という題で、ペチョーリンが、自殺願望のある軍人に遭遇する話です。

その軍人が、運命というものが本当にあるかどうか確かめてみよう、と言って拳銃を自分に向けてぶっぱなしますが、弾が出ず、次に軍帽に向けてぶっぱなすと、弾が出て軍帽に穴が開きます。

ところが、帰宅中に、酔っ払いにうかつに声をかけたために、切り殺されてしまうのでした。

翌朝、殺人者が刃物を持って建物に立てこもっていて、危険で誰も突入できなかったところ、ペチョーリンが知恵を働かせて、不意打ちで突入して取り押さえました。

主人公ペチョーリンのキャラクターについて

女性に対しては、キャッチ&リリース体質で、相手の心を得るまでは熱心ですが、いざターゲットに振り向かれると、じきに退屈します。

ロマンティックな言動はするのですが、心の底では冷めていて、そんな自分を観察しています。

少しでも結婚を意識させられると、逃げます。恋のためなら死をも厭わないと言うペチョーリンですが、結婚で自由が損なわれる可能性を少しでも感じ取ると、逃げます。

死より怖い結婚です。

同性に対しては良い友情を築くのかと思いきや、さにあらず。冷笑的で、基本的に他人をバカにしていて、他人の反応をおもしろがるだけおもしろがるのですが、いざ相手が親密な共感などを求めると、さっと引いて突き放し、相手が傷ついてるのを冷静に観察するいやらしさがあります。

自分の馬に対しても、ヴェーラに会いたいがために、疲れているところを無理に走らせて死なせてしまい、そのままほっとくという冷たさです。

他人に対する観察眼は優れており、自分のことも冷静に観察しているのですが、特に自分が好きなわけでも、嫌いなわけでもなさそうです。

自分をよく見せようという気もなく、謙遜する気もなさそうです。

自分には偏見がある、とか、強い女性は嫌いだ、そんなのは女性らしくない、でも、一度強い女性を好きになった、とか日誌に平気で書きます。

タマーニの章がなければ、『現代の英雄』はかなり違う印象になったと思います。

短いけれど、重要な章です。

心身ともに健康で(性格は悪いが、病んでるわけではない)、そのつもりになれば人気者として振舞うこともでき、女性にももてるけど、人生に退屈しきっていて、決闘をすることになっても遺書を書きたい家族も恋人も友達もいない、というのがペチョーリンなのでした。

あまりに退屈なので、ペルシアまで行くけど、帰途に死んでしまいます。(原因は書かれていません)

解説を読むと、作者のレールモントフペチョーリンはけっこう似たところがあるようです。

その他の印象

ロシア文学というと、登場人物はファーストネームの愛称(アリョーシャとか)で描かれるイメージなのですが、『現代の英雄』では、男性登場人物は全員苗字で描かれているのが印象的でした。

突き放した印象を与える効果を狙ったのでしょうか。

また、カフカスの雄大な自然の描写が印象的でした。