森博嗣らしい近未来SFミステリー小説です。3部作の1作目にあたります。
僕は、ここで、
とても不思議なものを見た。
とても美しいものに触れ、
とても悲しいものも知った。
それを、ここに記そうと思う。
森博嗣『女王の百年密室』
ジャンルと設定
「僕」が仕事で外国の奥地に出かけたところ、道に迷い、外界と隔絶した謎の街にたどり着いて、そこで衝撃の体験をする、というストーリーです。
森博嗣の「Wシリーズ」に登場するある町を連想させるようなロケーション設定です。
これだけ見るとファンタジーみたいですが、技術的には完全にSFで、読後感もまったくもってSFです。
さらに、ミステリーとなっています。密室殺人の犯人は誰でしょう?っていうやつです。でも、それがメインではありません。
謎が提示され、伏線が張り巡らされています。
舞台は、およそ100年後。「僕」は、「ロイディ」という名のアンドロイドを連れています。ロイディは旧型で、受け答えがロボットっぽいし、階段の昇り降りやオフロードが苦手です。
高い塀に囲まれたその街の人口は150人ぐらいと極度に少ないのに、経済が成り立っており、貧富の格差がなく、人々は平和で善良です。警察機構もありません。
人口の割には立派な宮殿があり、女王がいます。
さらに、この町の人々は「神」を信じており、「神」の姿を「目にすれば失い、口にすれば果てる」と信じています。
「果てる」というのは「死ぬ」という意味です。
この街の人たちは死ぬことはなく、「永い眠りに就く」というシステムになっています。
まるで「楽園」のようなのです。
この街の人たちと、「僕」の価値観が食い違うのですが、唯一同じ価値観を持ち合わせているのが、なんと皮肉なことに・・・とネタバレになるので、自粛します。
『女王の百年密室』のおもしろさ
謎が提示され、主人公が悩み、思考します。記憶が刺激され、心が揺れます。
それを表現する文章が、とても魅力的なのです。
もともと、僕には、生というものに対する執着が、つまり、何かを超えてしまったときに、ふと足を止め引き返そうとする摩擦が、決定的に不足している。それが僕の傾向だ。
森博嗣『女王の百年密室』
僕はベッドに倒れている。
わからない。
わからない。
この街は、わからない。
何がどう狂っているのだろう。
もしかして、僕だけが狂っているのだろうか。
森博嗣『女王の百年密室』
「死ぬことなんて恐れていない。僕は、ただ、真実が知りたいだけです」
「真実に、それだけの価値はありません」
森博嗣『女王の百年密室』
森博嗣の最初のシリーズ「S&Mシリーズ」ほど説明的ではなく、ほどよく感覚的です。「スカイ・クロラシリーズ」ほど感覚的ではありません。
理屈っぽくて、かつ、感覚的なところが魅力です。
最後には謎が解き明かされ、伏線がきっちり回収されます。
一見あいまいだった描写に、きっちりとメカニズムがあったということが分かり、さすがは森博嗣だと思わされます。
それをあんなに詩的に表現するなんて。
おわりに
森博嗣の小説は、これを読むまでに14冊読んでいるので、私も作風を学習しており、「最後にはどんな技術的な種明かしが来るのか?」と考えながら読むわけです。
しかし、読み終えたら、やっぱり伏線をうかつに見過ごしていたところがたくさんあることに気づいて、どこにどんな伏線が配置されていたか、もう一度最初から確認せずにはおられませんでした。
読み終えた後でよーく見たら、本のタイトル(『女王の百年密室』”GOD SAVE THE QUEEN”)と、各章のタイトルがけっこう説明しており、想像力の豊かな人なら、一度目に読み始めた時点でいろいろ想像するに違いありません。
人間社会は、種としてなるべく死なないようになろうと、科学技術を進歩させています。
森博嗣による未来を舞台としたSF小説、この「百年シリーズ(M&Rシリーズ)」と、「スカイ・クロラシリーズ」、「Wシリーズ」は、まだ一部しか読んでいないのですが、科学技術の発展によって、人が死ににくくなった世界を描いています。
普通に生きていたら死ぬことなく、経済的にも全然困らなかったら、人間はどうなるんだろう、という興味が感じられます。
おもしろいテーマです。
健康問題と経済問題という現実とかけ離れた世界が描かれているので、いっとき現実を忘れさせてくれて、空想の世界にひたらせてくれます。
同時に、細部では、私にとって親しみのある感覚や思考が描かれています。
遠くて近いところがすてきです。
この「百年シリーズ」は、スズキユカによって漫画化されています。