生真面目だった私が高校の卒業式をサボって得たもの

graduation
卒業シーズンですね。

街中で卒業式帰りな感じの若い人たちを見かけると、勝手に揚々たる前途を想像してしまう自分の勝手さには苦笑してしまいます。自分が若かった頃には、年配者からそういう目で見られることが苛立たしくて仕方なかったのに。だから、一瞬思ってしまっても本人たちには絶対に言いません。言うチャンスもないけど。

それはそうと、私、高校の卒業式をサボりました。

それまでは学校はもちろんのこと、習い事でもサボったことは一度もありませんでした。

そんな自分の生真面目さを打ち破ってみたい、という動機もありました。大学はサボるのが当たり前という認識を持っていた(おい)ので、高校の卒業式が「学校をサボる」というワザを発動させるラストチャンスだったのです。

でも、一番の理由は別にありました。

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生真面目だった私が高校の卒業式をサボった理由

卒業式の予行演習で本番をサボることを決意

卒業式は2月のバレンタインデー付近でした。
前日に予行演習があって、それにはちゃんと出席しました。

予行演習の内容は、卒業式本番とほぼ同じでした。

違ったのは、卒業生代表の式辞と大人たちのスピーチがなかったことだけです。
そして、卒業生代表の式辞はちゃんと紙に印刷されて予行演習の日に渡されていました。

この卒業生代表の式辞を読んで、私は卒業式をサボることを決意しました。

自分の高校生活に後悔があった

卒業生代表に選ばれたのは、運動部のマネージャーをしていた女の子でした。

その高校は2つのコースに分かれていました。
一つは高校生活を楽しむコース(っていう名前ではありませんが)、もう一つは国公立4年制大学か私立大学医歯薬学部を目指して受験勉強ばっかりするコースです。

受験勉強ばっかりするコースでは、部活動が実質禁止でした。3人だけ音楽系のクラブに入った子がいましたが、当然のように高校1年生の時だけで退部していました。

なので、卒業生代表は当然高校生活を楽しむコースの子で、その式辞はどんなに高校生活を楽しみ、部活動などによっていろんな経験を積んで成長したか、という感動的なものでした。

一方で私はというと、高校では受験勉強しかしなくて、しかも卒業式の日は滑り止めの大学入試と本命の大学入試の中間に位置していました。つまり、高校生活すべてを捧げた目的を達成する直前の重要な時期だったのです。

私だけじゃなくて、受験勉強ばっかりコースの子たちはみんなそんな感じでした。

高校生活が始まったころは受験勉強に高校生活すべてを捧げることに疑問を抱かなかった私たちですが、入試が近づくと、ほんとにこれで良かったのか、別の生き方の方が楽しそうで人間的成長もあったんじゃないかということに薄々気が付いてきました。

高校1年から3年までまったく何の変化もなく、何の成長もなかった自分に驚きました。

友達と「なんかおかしいよね?」とか言いつつも、もう今さら引き返せないので、第一志望の大学に合格するのみと思って着々と勉強しました。

そういうところで、その感動的な式辞を読んでしまったわけです。

充実した高校生活に嫉妬しました。

あの子、式辞読みながら泣くんだろうな、みんな感動するんだろうな、と思いました。

で、学校をサボる最後のチャンスでもあったので、高校の卒業式をサボりました。

理由は「風邪」です。
これは嘘ではなくて、滑り止め入試の日が寒かったので実際風邪気味でした。

高校の卒業式をサボって気づいたこと

友人たちの反応

「卒業式サボってん!」と言うと、同じ受験勉強ばっかりするコースの友人たちにはおもしろがられたり、うらやましがられたりしました。

後日、入試と重なったりして卒業式に出られなかった子たちのためのミニ卒業式があって、担任の先生に「出る?」と聞かれたので断ったら、出なくていいことになりました。

隣のクラスの友人は入試で卒業式に出られなかったのですが、熱血タイプの担任にミニ卒業式に出席することを強いられたそうで、「むっちゃうらやましい!私も卒業式出たくなかった!」と言っていました。

親の反応は特になかったです。

満足感の一方で気づいたセレモニーの意義とは

私自身は「卒業式サボったった!」という、規範を破った満足感を味わうことができました。

ところがしばらくたつと、高校を卒業した実感がわかないことに気づいたのです。

そのうち高校卒業は自明のこととして織り込むことができましたが、そこに至るまでにはある程度の時間がかかりました。

セレモニーに参加すると即座にたやすく実感が得られるのだ、ということに気づいたのでした。

それからというもの、私はセレモニー重視派になりました。

大学の卒業式袴で出席するのみならず、写真館で写真まで撮りました。
結婚式披露宴ももちろんとり行いました。

よく考えると成人式には出ませんでしたが、20歳の誕生日を迎えた日から成人に決まってると思っていたからかも知れません。

それでも高校の卒業式をサボって良かったと思う理由

もしおとなしく出席していたら、きっと何も学ばなかったと思います。

でも、サボったことで満足感も得られたし、セレモニーの意義にも気づくことができました。

だから、卒業式サボりたいと思う人はサボってみればいいと思いますよ。

セレモニーの意義に気づくのもよし、やっぱり意味ないわと思うのもよし。

思い出にもネタにもなります(笑)